こんにちは、インフラエンジニアのryuです。
新人インフラエンジニア研修の教室を見渡すと、情報系の学部で学んだ人と、文系の学部から来た人が並んで座っています。学生時代に自宅でLinuxサーバーを動かしていた人もいれば、キーボードのショートカットから覚える人もいます。
同じカリキュラムを同じペースで進めると、どうなるでしょうか。
前のほうの席では、すでに知っている内容に退屈している人がいます。後ろのほうでは、最初の週でつまずいたまま、質問のタイミングを逃している人がいます。
今日は、入口の差がある新人をどう育てるかを、研修の設計という視点で整理します。研修全体の組み立て方は新人研修の設計についての記事で書いているので、今回は「差がある前提でどう進めるか」に絞った話です。
レベル差のある研修で起きやすいこと¶
まず、差を放っておくと何が起きるのかを確認しておきます。
多くの研修は、受講者の真ん中あたりに進度を合わせます。一見よさそうですが、実際には両端の人が同時に困ることになります。
起きやすいことを、層ごとに表にまとめました。
| 新人の層 | 起きやすいこと | 表に出るサイン |
|---|---|---|
| 経験がある層 | 説明が冗長に感じて集中が切れる | 演習を早く終えて別の作業をしている |
| 真ん中の層 | 進度は合っているが、質問しづらい | 分かったふりで先に進む |
| 未経験の層 | 前提が分からないまま次の単元に入る | 質問が出ない、演習の手が止まる |
いちばん見落とされやすいのは、未経験の層の「質問が出ない」というサインです。何が分からないのかが分からない段階では、質問を言葉にすること自体が難しいからです。
丁寧な説明が、経験者には逆効果になることもある¶
経験者が退屈するのは、本人のやる気の問題だと思われがちです。ただ、教育心理学の研究では、もう少し違う見方がされています。
認知負荷理論の研究者であるスウェラーやカリューガらは、初心者に効果のある丁寧な説明や手順の解説が、ある程度知識のある学習者には効果が薄れたり、かえって学習の妨げになったりすることを報告しています。これは熟達化反転効果(expertise reversal effect)と呼ばれています。
初心者に合わせた説明は、経験者にとっては「すでに知っていることを、もう一度処理させられる」負担になる。
つまり、同じ説明を全員に聞かせる時間が長いほど、経験者の学びは止まりやすくなります。差がある研修では、説明を全員でそろえる時間と、それぞれが進む時間を分けて考える必要があります。
「できる人に教えてもらう」を任せきりにしない¶
レベル差への手当てとして、経験者に未経験者の面倒を見てもらう方法がよく使われます。教えることで理解が深まる面はあるので、方法自体は悪くありません。
ただし、任せきりにすると問題が出ます。教える側の新人は自分の学習時間が削られますし、教わる側は同期に何度も聞くことに気後れします。
ペアで教え合う時間を作るなら、時間と範囲を区切ることが大切です。たとえば演習の最後の15分だけ、と決めておけば、どちらにとっても負担になりません。
研修の最初に、入口の差を測る¶
差に合わせて進め方を変えるには、まず差がどのくらいあるかを知る必要があります。
ここでよくある失敗は、出身学部や本人の自己申告だけで判断することです。情報系の学部でも、ネットワークの授業をほとんど取っていない人はいます。逆に文系出身でも、独学でLinuxを触ってきた人もいます。
経歴ではなく、実際にできることを見る¶
おすすめは、研修の初日か入社前に、短い事前課題で手を動かしてもらうことです。知識を問うテストより、簡単な操作をやってもらうほうが、実力の差がはっきり見えます。
たとえば、次のような課題を30分程度で取り組んでもらいます。
【事前チェック課題の例】
1. 用意したLinuxサーバーにSSHでログインする
2. 自分のホームディレクトリに test というディレクトリを作る
3. サーバーのIPアドレスを調べて、メモに書く
4. 192.168.10.0/24 のネットワークに、ホストは何台つなげるか答える
5. 1〜4で分からなかったこと、調べたことを自由に書く
点数をつけるより、どこで手が止まったか、何を調べて解決したかを見るのがポイントです。5番の自由記述には、その人の学び方がよく表れます。
たとえば、4問目が解けなかった新人でも、「サブネットマスクという言葉を調べたが、計算のしかたまでは分からなかった」と書いていれば、自分で調べる力はあると分かります。何も書かれていない場合は、どこから調べればよいかが分からない段階かもしれません。
課題の環境は、研修で実際に使うサーバーや演習環境をそのまま使うのがおすすめです。初日に一度ログインしておくだけでも、翌日からの演習で接続の手順につまずく人が減ります。
診断の結果は、評価に使わない¶
事前課題の結果は、研修の進め方を決めるための材料です。人事評価や配属の判断には使わない、と最初に伝えておきましょう。
評価に使われると分かれば、新人は分からないことを隠そうとします。そうなると、知りたかった入口の差が正しく見えなくなってしまいます。
結果は、次のような3つの層に大まかに分ける程度で十分です。
| 層 | 事前課題の様子 | 研修の入り方 |
|---|---|---|
| 基礎補強 | SSHのログインやコマンド入力で止まる | 操作に慣れる時間を最初に足す |
| 標準 | 調べながら4問目まで進められる | 通常のカリキュラムから始める |
| 発展 | すべて解けて、理由も説明できる | 共通部分を短縮し、発展課題を用意する |
到達基準はそろえて、進み方を変える¶
入口の差が分かったら、次は研修の設計です。ここで大事なのは、到達基準は全員そろえて、そこまでの時間と道筋を変えるという考え方です。
レベルごとにゴールまで変えてしまうと、研修の終わりにチームとして必要な力がそろいません。配属先の現場が求めるのは、全員が同じ作業を安全にこなせることだからです。
この考え方は、教育学でいう完全習得学習(マスタリーラーニング)に近いものです。教育学者のブルームは、学習の到達基準をはっきり決め、達していない部分を補う指導を組み合わせることで、多くの学習者が高い水準に届くことを示しました。
到達基準は、具体的な作業の形で書いておくと、層が違っても同じものさしで確認できます。
【到達基準の例:Linux基礎の単元】
- ユーザーを作成し、特定のディレクトリだけ書き込めるように権限を設定できる
- サービスを起動・停止し、起動しないときにログから原因の手がかりを探せる
- 作業の前後で設定ファイルのバックアップと差分確認ができる
先に進んだ人には「深さ」を渡す¶
発展の層の新人が早く課題を終えたとき、次の単元へどんどん進ませたくなります。ですが、先の単元へ進むと、全員がそろう演習のときに一人だけ別のことをしている状態になります。
おすすめは、先へ進ませるのではなく、同じ単元を深く掘る課題を渡すことです。
たとえば権限設定の単元なら、なぜその権限だと安全なのかを説明させる、設定を自動化するスクリプトを書かせる、といった課題です。同じテーマのままなので、全体の進行とずれません。
遅れている人には「戻る場所」を用意する¶
基礎補強の層の新人には、追いつくための時間と教材が必要です。授業の時間内だけで取り戻すのは難しいので、自習で戻れる場所を用意しておきます。
戻る場所として役立つのは、次の3つです。
| 用意するもの | 役割 |
|---|---|
| 単元ごとの短い動画や解説 | 授業で聞き逃した内容を、自分のペースで見直す |
| 何度でもやり直せる演習環境 | 失敗を気にせず、手を動かして練習する |
| 質問をまとめて出せる時間 | 1日の終わりなどに、溜めた疑問をまとめて解消する |
演習環境については、新人に「壊していい環境」を用意する方法の記事で詳しく書いています。遅れている新人ほど、失敗できる環境の有無で伸び方が変わります。
進み具合は、週に1回くらいの頻度で確認しておくと、遅れが小さいうちに手を打てます。スキルの見える化の方法は研修の進捗管理についての記事を参考にしてください。
1日の時間割に落とし込んでみる¶
考え方が分かっても、実際の研修の1日にどう組み込むかがイメージしにくいかもしれません。ここでは、層ごとに進み方を変える1日の流れの例を紹介します。
ポイントは、講師が全員に向けて話す時間を短くして、各自が演習に取り組む時間を長く取ることです。
| 時間帯 | 内容 | 層ごとの違い |
|---|---|---|
| 9:00〜9:30 | その日の単元の要点を全員で確認する | 共通。説明は要点だけに絞る |
| 9:30〜12:00 | 個人の演習 | 基礎補強は手順つき、発展は手順なしの課題 |
| 13:00〜15:30 | 個人の演習の続き、つまずきの個別フォロー | 講師は基礎補強の層を中心に回る |
| 15:30〜16:30 | ペアでの教え合い、共通の確認問題 | 共通。時間を区切って行う |
| 16:30〜17:00 | 日報と質問の提出 | 共通 |
同じ単元でも、基礎補強の層には手順を細かく書いた課題を、発展の層には完成した状態だけを示して手順は自分で考えさせる課題を渡します。教材の中身はほとんど同じでも、渡し方を変えるだけで難しさを調整できます。
層は、途中で入れ替えてよい¶
最初の事前課題で分けた層は、研修の最後まで固定する必要はありません。むしろ、2週間に1回くらいは見直すつもりでいたほうがうまくいきます。
未経験だった新人が、ネットワークの単元に入ったとたんに急に伸びることはよくあります。逆に、Linuxは得意だった新人が、サブネットの計算で止まることもあります。
単元ごとに得意不得意が変わるのは自然なことです。層の名前を本人に伝える場合も、「あなたは基礎補強の人」という固定のラベルにならないよう、「この単元では」と範囲を区切って伝えるようにしましょう。
全員がそろう時間も残しておく¶
進み方を個別にすると、今度は同期どうしのつながりが薄くなる心配が出てきます。研修は知識を身につけるだけでなく、同期と一緒に乗り越える経験の場でもあります。
そこで、層に関係なく全員で取り組む時間を、研修の節目に入れておきます。
チームで役割を分ける課題を入れる¶
全員がそろう時間におすすめなのは、チームで1つの環境を作る課題です。サーバーの構築、ネットワークの設定、手順書の作成、動作確認のように、役割を分けて取り組みます。
役割を分けると、経験のある新人は難しい部分を担当し、未経験の新人は手順書や確認作業から関われます。それぞれが自分の段階で貢献できるので、差があることがむしろ役に立ちます。
研修の総仕上げとしての課題の作り方は、最終課題を「構築して引き渡す」形にする記事で紹介しています。
差は、研修の終わりにも残ってよい¶
研修の終わりに、全員が同じ実力になっている必要はありません。到達基準さえ満たしていれば、その先の伸び方は配属後のOJTで変わっていくものです。
大事なのは、研修の最後に誰がどこまでできているかを、配属先にきちんと引き継ぐことです。発展の層だった新人には、早めに少し難しい仕事を任せてもらう、といった調整がしやすくなります。
引き継ぎの資料には、到達基準ごとの達成状況に加えて、本人が苦手としていた単元や、つまずいたときの様子も書いておくと役に立ちます。配属先の先輩が、最初にどこを重点的に見ればよいかを判断しやすくなるからです。
研修担当者の負担をどう減らすか¶
ここまで読んで、層ごとの課題や教材を用意するのは大変だと感じた方も多いと思います。実際、研修担当者が1人や2人の会社では、すべてを自前で作るのは現実的ではありません。
負担を減らすには、全員に共通する基礎の部分を外部の教材に任せるのが近道です。基礎を自分のペースで進められる教材があれば、遅れている新人は繰り返し見直せますし、先に進む新人は理解している部分を飛ばせます。
InfraAcademy では、Linux・ネットワーク・AWSの基礎を、教材とブラウザ上の演習環境、練習問題を行き来しながら学べます。法人向けの管理機能で受講者ごとの進捗率や練習問題の正答率も確認できるので、レベル差のある研修の基礎部分を任せる教材として活用できます。研修担当者の方は、サービスの内容や料金を法人プランのページで確認してみてください。
自社でしか教えられない運用ルールや現場の作法に、研修担当者や先輩の時間を集中させる。この分担が、差のある新人を無理なく育てる現実的な形だと思います。
まとめ¶
今日は、レベル差のある新人インフラエンジニア研修の進め方を整理しました。
進度を真ん中に合わせると、経験者は退屈し、未経験者は置いていかれます。丁寧な説明が経験者には逆効果になることもある、という研究もあります。
まずは事前課題で、経歴ではなく実際にできることから入口の差を測ります。結果は評価に使わず、進め方を決める材料にとどめます。
そのうえで、到達基準は全員そろえて、進み方を変えます。先に進む人には深さを、遅れている人には戻る場所を用意し、節目では全員がそろうチーム課題を入れます。
差があることは、研修の失敗ではありません。設計しだいで、同期どうしが補い合うきっかけにもなります。来年の研修計画を立てるときに、ぜひ参考にしてみてください。



