こんにちは、インフラエンジニアのryuです。
「社内からアクセスしているんだから、そのまま入れて大丈夫でしょう」。
ほんの数年前まで、多くの会社のネットワークはこの前提で作られていました。でも、いまその前提が音を立てて崩れています。
在宅勤務が当たり前になり、システムはクラウドへ移り、スマホやタブレットからも業務データに触れる時代です。「社内」と「社外」の境目が、そもそも曖昧になってしまった。
そこで一気に注目を集めているのがゼロトラストという考え方です。名前は聞いたことがあるけれど、結局なにが新しいの?と思っている方も多いのではないでしょうか。
今日は、この2026年のセキュリティを語るうえで外せないキーワードを、できるだけ身近なたとえを使って解きほぐしていきます。
ゼロトラストとは?「性善説」から「性悪説」へ¶
ゼロトラストを日本語にすると「何も信頼しない」。ずいぶん物騒な響きですよね。
でも意味するところはシンプルです。「相手が社内にいようと社外にいようと、アクセスのたびに毎回きちんと確認しよう」という設計思想のこと。
会社の建物でたとえてみましょう。
これまでのやり方は、入口に警備員を一人置いて、そこさえ通れば中はフリーパス、というスタイルでした。一度ビルに入ってしまえば、どの部屋にも自由に出入りできる。
ゼロトラストは違います。廊下を歩くたび、どの部屋のドアの前でも「あなたは誰?」「今日はどの端末で来た?」「その部屋に入る用事はある?」と毎回確認する。ちょっと過保護に見えるかもしれませんが、これが今の時代には合っているのです。
なぜなら、攻撃者はもう入口だけを狙ってこないから。一度どこか一台を乗っ取れば、あとは社内を自由に動き回れてしまう——その「動き回り」を止めるのがゼロトラストの狙いです。
米国の標準化機関であるNISTは、ゼロトラストをこう位置づけています。
ゼロトラストは、防御の重点を広いネットワーク境界から個々のリソースへと狭めていく、進化し続けるセキュリティの考え方の集合である。(NIST SP 800-207)
守るべきは「ネットワークの内側」ではなく「リソースそのもの」だ、という発想の転換ですね。
「境界型防御」はなぜ限界を迎えたのか¶
これまでの主流だった考え方を、境界型防御と呼びます。社内と社外の間に、ファイアウォールという高い壁をぐるりと築くやり方です。
このモデルには、大きな前提がありました。「壁の内側にいる人やパソコンは信頼できる」というもの。いわば性善説ですね。
ところが、その前提を崩す変化が次々に起きました。
ひとつは、働く場所の分散です。オフィスの外から接続するのが普通になり、「壁の内側」という概念が薄れました。もうひとつは、クラウド化。守るべきデータもアプリも、自社のビルの中ではなく、外のデータセンターに置かれるようになりました。
壁の外に守りたいものがあるのに、壁で守ろうとしても意味がありませんよね。境界型防御が限界を迎えたのは、こういう理由からです。
VPNで一度社内に入れてしまうと、そこから先が無防備になりがち、という弱点も指摘されるようになりました。境界のさらに手前で守る仕組みを知りたい方は、プロキシサーバーとは?やルーティングの基本といったネットワークの土台から押さえておくと、ゼロトラストの理解がぐっと深まります。
「信頼しない」の本当の意味¶
ここで誤解を解いておきたいのですが、ゼロトラストは「誰も信じるな」という冷たい話ではありません。
正確には、「一度確認したからといって、それをずっと信じ続けない」ということ。アクセスのたびに、そのときの状況(誰が・どの端末で・どこから・何をしようとしているか)を見て、その都度判断する。継続的な検証、という言い方をします。
朝に本人確認したから夕方までフリーパス、ではなく、部屋に入るたびに確認する。面倒に思えますが、仕組みで自動化してしまえば、利用者はほとんど意識せずに済みます。
ゼロトラストを支える考え方と5つの柱¶
「毎回確認する」と言っても、具体的に何をチェックするのでしょうか。
ここで役立つのが、米国のCISA(サイバーセキュリティ・インフラセキュリティ庁)が公開している「ゼロトラスト成熟度モデル」です。ゼロトラストを5つの領域に分けて整理してくれています。
CISAが示す「5つの柱」¶
言葉だけだと抽象的なので、それぞれ何を守る話なのかを表にまとめました。
| 柱 | 何を確認するか | 身近な例 |
|---|---|---|
| アイデンティティ | その人が本当に本人か | 多要素認証(MFA)、パスワードだけに頼らない |
| デバイス | 使っている端末は安全か | OSが最新か、ウイルス対策が入っているか |
| ネットワーク | 通信は適切に分割・暗号化されているか | 社内を細かく区切る、通信を暗号化する |
| アプリケーション/ワークロード | アプリへのアクセスは正当か | アプリ単位でのアクセス制御 |
| データ | 守るべき情報そのものを保護できているか | 暗号化、アクセス権限の最小化 |
面白いのは、この5つの柱の筆頭にアイデンティティが来ていることです。つまり「そのアクセスは、本当にその人か」を確かめることが、すべての起点になっているんですね。
このあたりは、資格の学習でも問われるテーマです。認証の基本を体系的に押さえたい方は、ITパスポートで学ぶセキュリティから入ると、用語の土台が固まります。
5つを横断する3つの力¶
CISAのモデルには、5つの柱の下を支える横断的な機能も定義されています。
ひとつは可視化と分析。誰が何にアクセスしたかを常に見えるようにすること。ふたつめは自動化と連携。あやしい動きを検知したら、自動でアクセスを止める仕組み。みっつめはガバナンス。ルールを決めて全体を統制すること。
そして、これらは一気に完成するものではありません。CISAは「従来型 → 初期 → 発展 → 最適」という4段階の成熟度で、少しずつ育てていくものだと示しています。
いきなり100点を目指さなくていい、という現実的なメッセージが込められているのが、このモデルの良いところです。
現場でも、この考え方はとても実践的です。まずは多要素認証を全社に入れる。次に、端末が安全な状態かをチェックする仕組みを足す。それから、ネットワークを少しずつ区切っていく。こうして一段ずつ登っていけば、大がかりな入れ替えをしなくても、着実にゼロトラストへ近づけます。
「全部を一度に変えるのは無理」と諦めてしまう組織は少なくありません。でも、成熟度モデルはその「無理」を小さな階段に分解してくれます。今の自分たちがどの段にいるかを知ることが、最初の一歩になるわけですね。
2026年、ゼロトラストはどこへ向かっているのか¶
ここからが本題の「最新動向」です。ゼロトラストという言葉自体は数年前からありますが、2026年のいま、実装のフェーズが大きく前に進んでいます。
「境界」から「アイデンティティ」へ主役が交代¶
いま起きている一番大きな変化は、守りの中心が「ネットワークの位置」から「アイデンティティ(誰か)」へ移ったことです。
どこからアクセスしているかよりも、誰が・どの端末でアクセスしているかのほうが重要になった。これをアイデンティティ・ファーストと呼びます。
そのため、多要素認証やID管理(IDaaS)への投資が国内でも優先的に進んでいます。従来のVPN頼みのアクセスを、より細かく制御できる仕組みに置き換える流れが加速しているのです。
アクセスの判断は、たとえばこんなイメージで行われます。
# アクセス要求ごとに、その場の状況を見て許可を判断する(イメージ)
access_request:
user: yamada@example.co.jp
mfa: passed # 多要素認証を通過したか
device_posture: healthy # 端末は安全な状態か
location: unusual # いつもと違う場所からの接続
requested_resource: 人事DB
decision: step_up_auth # 追加の本人確認を求める
固定のルールで「社内ならOK」ではなく、その都度リスクを見て判断する。ここがゼロトラストらしさですね。
SASEとマイクロセグメンテーション¶
もうひとつ2026年のキーワードとして押さえたいのが、SASE(サシー)とマイクロセグメンテーションです。
SASEは、ネットワークとセキュリティの機能をクラウド側にまとめて提供する仕組み。利用者がどこにいても、同じポリシーで安全にアクセスできるようにするものです。ゼロトラストで決めた方針を、実際に現場へ届ける「配送係」のような役割だと考えるとイメージしやすいでしょう。
マイクロセグメンテーションは、社内ネットワークを細かい区画に区切ること。ひと部屋が侵入されても、隣の部屋へは簡単に移れないようにする発想です。攻撃者が中で「動き回る」のを止める、あの話の実装版ですね。
大きな建物を、いくつもの防火扉で仕切っておくイメージが近いでしょうか。火が出ても一区画で食い止められれば、被害は最小限で済みます。ネットワークでも同じで、万が一の侵入を「一部屋分」に閉じ込められるかどうかで、その後の被害の大きさがまるで変わってきます。
Gartnerは、完全なゼロトラストを実現する二本柱として、このマイクロセグメンテーションとSASEを挙げています。片方だけでは足りず、両方を組み合わせて初めて全体が守れる、という位置づけです。
従来のやり方との違いを、ざっくり並べてみます。
| 観点 | 従来(境界型) | ゼロトラスト時代 |
|---|---|---|
| 信頼の基準 | 社内にいるか | 誰・どの端末・どんな状況か |
| アクセス経路 | VPNで社内へ | クラウド経由で必要な範囲だけ |
| 内部の移動 | 比較的自由 | 区画で細かく制限 |
| 検証のタイミング | 入口で一度 | アクセスのたびに継続的に |
コンテナやクラウドが当たり前になると、守る対象はさらに細かくなります。たとえばコンテナ同士の通信をどう制御するか、といった話にもつながっていく。この文脈を知りたい方は、Kubernetesとは?を読んでおくと、現代のインフラでゼロトラストが必要とされる理由が腑に落ちると思います。
「掛け声」から「測れる仕組み」へ¶
調査会社のGartnerは、2026年までに大企業の10%が、成熟し測定可能なゼロトラストのプログラムを持つようになると予測していました。裏を返せば、それ以前は「ゼロトラストをやっている」と言いつつ、実態は曖昧な組織がほとんどだった、ということです。
2026年の潮流は、この「掛け声だけ」から一歩進んで、きちんと段階を測りながら育てるフェーズに入ってきた、と言えるでしょう。
背景には、攻撃の巧妙化もあります。生成AIを悪用したフィッシングや、正規のIDを乗っ取る手口が増え、「境界を破られる前提」で守る発想が、もはや理想論ではなく現実的な必要になったのです。だからこそ、あやしい兆候を自動で検知して即座にアクセスを絞る、という自動化の重要性が年々高まっています。
言い換えれば、ゼロトラストは「一度作って終わり」の製品ではなく、運用しながら磨き続ける取り組みだということ。ここを理解しておくと、ベンダーの宣伝文句に振り回されずに済みます。
これから学ぶ人は、何から手をつければいい?¶
ここまで読んで、「難しそう」と感じたかもしれません。でも、安心してください。
ゼロトラストは、まったく新しい魔法ではありません。認証、ネットワーク、暗号化、アクセス制御——どれもインフラの基礎の組み合わせです。土台がわかっていれば、必ず理解できます。
だからこそ、いきなりゼロトラストの製品名を覚えるより、まずは足元を固めるのが近道です。
たとえば、ネットワークの通信がどう届くのかを知るためにネットワークの始め方やNATとは?を読む。機器レベルでのアクセス制御を知るためにスイッチのポートセキュリティに触れてみる。こうした一つひとつが、ゼロトラストという大きな絵の「点」になります。
学習の順番に迷ったら、InfraAcademyのネットワーク学習ロードマップをのぞいてみてください。基礎から順に手を動かせるように並べてあるので、「次に何を学べばいいか」で立ち止まらずに済みます。インフラエンジニアに必要な知識の全体像は、インフラエンジニアの基礎知識でも整理しています。
セキュリティは、一部の専門家だけのものではなくなりました。これからのインフラエンジニアにとって、ゼロトラストの発想は共通言語になっていきます。
まとめ¶
今日はゼロトラストについて、その考え方から2026年の動向までを見てきました。
要点を振り返ると、まず前提が変わったこと。「社内は安全」という性善説は、在宅勤務とクラウドの時代には通用しなくなりました。だから「アクセスのたびに毎回確認する」ゼロトラストが必要になったのです。
次に、その中身。NISTやCISAが整理しているように、守る対象はネットワークの位置ではなく、アイデンティティやデータそのものへ移りました。5つの柱の筆頭が「誰か」を確かめるアイデンティティだった、というのが象徴的でしたね。
そして2026年の潮流は、アイデンティティ・ファースト、SASE、マイクロセグメンテーション。掛け声だけでなく、段階を測りながら着実に育てるフェーズに入ってきました。
難しく聞こえても、正体はインフラ基礎の組み合わせです。焦らず、土台から一歩ずつ。その積み重ねが、これからの時代に強いエンジニアをつくります。今日もお疲れさまでした。



